初めてのヨセミテ、巨大な岩壁に圧倒された。
クライマーとしても、人間としても無力な自分を感じた。
リスクを負い、自分と向き合い、なぜ私は、岩を登るのだろう?

登った先に何があるというのか?

きっとそこには何かがある。チャレンジしなければ得られない、
とても重要ななにかが。

初めてヨセミテを訪れた時、大自然の中にそそり立つ
真っ白な岩を見上げ思いをめぐらせた。

そう思ってから7年、
今日、私たちはエルキャプタンの取り付きに立っている。
総重量45キロの登攀道具を抱え、
青い空へ向かってどこまでも続く巨大な岩壁を仰いだ。

ポカンと口を開き、この大自然に吸い込まれてしまいそうだった、
あの頃の私を思い出した。



2007年8月28日に渡米。アメリカ合衆国、ヨセミテ国立公園、エルキャプタン「ザ・ノーズ」を登攀し、 同年9月13日、無事に登頂、下山いたしました。 予定では3泊4日の登攀でしたが、結果は4泊5日となりました。ここでは、その登攀報告をさせていただきます。


エルキャプタン概要
名称 EL CAPTAIN(エル キャプタン)
場所 アメリカ合衆国 カリフォルニア州 ヨセミテ国立公園
ルート名 The NOSE(ザ・ノーズ)
ピッチ数 31p
登攀距離 1,032m(3,440フィート)
グレード 5.13+ or 5.9 C1


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登攀ルート トポ

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登攀スタイル
フリークライミング & アメリカンエイド

メンバー
阿部 美和子 (YFサポーター)
小田 珠美 (YFサポーター)


背景
「いつか登ってみたい。いや、登らなければ」
幾度かヨセミテへ通っているうちに私たちの心に登攀意欲が湧いてきた。
2005年の冬、
「ノーズやらへん?」
とうとう心に秘めていた想いを小田さんが口にした。
「うん、やろう」
目標は2007年9月。
早速、私たちは、トレーニングメニューを作成し、その日に向けさまざまな計画を立てた。 今回の登攀の最も特徴的な点は、女性2名でのチャレンジである。 過去には大岩あき子さんらが女性2名で成功しているが、世界でも女性2名というのは珍しい。 この点が今回のチャレンジの最大の核心である。 トレーニング期間約1年半を経てのチャレンジとなった。

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2004年 ヨセミテ


2007年8月28日(火)〜9月8日(土)(1〜4pFIX)
ゴーアップ   全ての準備を終えて、登攀を開始すること
ポーターリッジ   絶壁に吊るす床つきのテント
フィックスロープ FIX あらかじめ固定しておくロープのこと
フォロー   2番目以降に登ってくること ギアを回収しながら登る
ユマーリング   固定したロープに登高器をセットして登ること


いよいよヨセミテに向けて出発の日がやってきた。 例年は機内ではぐっすり眠っていたのに、今年はほとんど眠れなかった。 やはり、どこか緊張しているのだろうか。 サンフランシスコ空港でパートナーの小田さんと合流後、レンタカーを借りてヨセミテへ向かう。 夜になってヨセミテ公園内のキャンプ場に到着。テントを張り簡単に夕食。 食事中、お互いにNOSEトライについてはあまり触れない・・・。 緊張、不安、さまざまな想いが頭をめぐった。 目の前の岩壁が満月に照らされて薄気味悪く光っていた。 明日から11日間はNOSEトライに向けての最終ウォームアップだ。 今日までの1年半、暑い日も、寒い日も、また雨の日も、雪の日もできる限りのことはしてきた。 最後の調整だ。しかし、この11日間の間も、不安と誤算はついて回った。 エルキャップベースから見上げるエルキャプタンは、あまりにも高く、大きく、私たち2人を圧倒するばかりだ。


写真の拡大 あまりにも高く、大きいエルキャプタン


今回の課題は軽量化。 しかし、食料や水を減らせば登攀日数も減る。そうするとスピードが重要となる。 スピードを重要視すれば、この乾ききったヨセミテでは水分補給が重要になる。 と何をとっても安心できる状況が思い当たらない。 何を妥協し、何を重要視するのか、また、自分たちの技量と体力も考慮に入れ、 その全てのバランスをとることが最も重要な点だ。 過去の成功例に準じても、それは私たちの成功にはつながらないケースが多々ある。 この大岩壁を目の前にし、また、それを肌で感じると日本で立てた計画の多くを変更せざるを得なかった。 この11日間で、私たちが成功するための全てのバランスを整えてゆかなくてはならない。

キャンプ入りしてから4日目、いつになっても晴れない不安をはらうため、 実際にNOSEの下部4pを登ってみることにした。持っていく水は1人500ml。 NOSEトライの時は、1日1人2リットルの計算で持っていく予定なので、何とか500mlでこのくらいは登りきらなければ・・。 今日も渇きとの戦いだ。実際に登ってみると
「これならいける!」
という確信が持てた。やはり登ってよかった。 この頃からようやく
「早く登りたい」
と前向きな気持ちになってきた。


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今日も暑い
乾きとの戦いだ
NOSEを登る別パーティー
モチベーションがあがってきた
4p目終了点の「シックル・レッジ」に到着 疲れたけど気持ちは前向きだ


喉の渇き、暑さ、登攀スピードと連日戦っている。 最終トレーニングも5日目を迎えると、さすがに肉体的な疲労がたまってきた。 スピードをあげようとしても、気持ちとはうらはらに、体が思うように動いてくれない。 ノロノロとしか動けない自分を「疲れている」と実感した。 でもNOSEチャレンジに向けて、1日1日とやるべきことを片付けている、という気持ちが私を前向きにさせてくれる。 そして、ヨセミテに到着した時とは違う、いい意味での緊張感が増してくる。 それにしても、疲れた・・とても疲れた。6日目は一日ゆっくり休もう。

最終トレーニングも終盤を迎えた。 途中からキャンプ地で合流した杉野保さんや大岩あき子さんから、さまざまなアドバイスをいただいた。 特に大岩さんはすでに女性2人でNOSEを登っているのでとても参考になった。
「体力と根性があれば登れるよ」
そう勇気付けてくれた。 食料も買出し、登攀中に割れないよう水やジュースにダクトテープを巻き、落とさぬよう、あらゆるものに細引きをつける。 登攀の準備、パッキングも終え、ホールバックの重量30kg。 使用するクライミングギアも厳選したが、こちらは想像以上に重かった。ロープも含めると15kg以上。


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NOSEで使用するギア
想像以上に重い
破裂しないように、あらゆる物にダクトテープを巻く 30kgのホールバック
この荷物を荷揚げする


いよいよ、ゴーアップのときが近づいてきた感じだ。 マウンテンショップで最終の買出しをしていると、6日前、NOSEの下部で出会ったメキシコ人に会った。 聞けば4日間かけて頂上に抜け、頂上ビバークの後、今朝NOSEから降りてきたという。 21p目から上は風が強く、寒いらしい。 相変わらず地上は暑いけれど、上空は間違いなく秋が近づいてきているようだ。 最初に出会った時には3日間の予定だと言っていたけれど・・・ 6日前の彼らのクライミングは、結構、早かったのに予定をオーバーしたのか・・・ 自分たちは大丈夫だろうか? 私たちは、ポーターレッジを持って上がらないので、壁の中の限られたビバーク地に、毎日、必ず到着しなければならない。 スピードが出せなければ命取りだ。

ゴーアップまでにやるべきことは、残すところ4p分のフィックスロープをはり、荷揚げを行うだけとなった。 週間天気予報も、ずっと「CLEAR」のままだ。 今は、不思議なほど緊張感はなくなっている。やることはやった。 荷揚げを終えてキャンプサイトに戻ると、今日ヨセミテに到着したYFメンバーが迎えてくれた。 到着したばかりだというのに、明日、岩場まで車で送ってくれた上、さらにフィックスロープも回収してくれるという。 明日は4時にキャンプサイトを出発する。

いよいよNOSEに登る・・・その日が近づけば近づくほど、自分でも意外なほど冷静で淡々としてくる。 不安は感じなかったけれど、やはり、なかなか寝付けなかった。


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さぁ、FIXロープを張りに行こう
朝のNOSE下部
1p目のビレイポイント   小田さんも調子が良さそうだ。

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スピードアップのため
フォローはユマーリング
今日も天気がいい   荷揚げ中
ビレイポイントにて

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ズリズリと荷物が上がっていく あと、少し 4p終了点に着くと既に別パーティーの荷物があった


2007年9月9日(日) 1〜11p(1〜4pユマーリング) ビバーク:Dolt Tower
ユマーリング   固定したロープに登高器をセットして登ること
振り子トラバース   クラック(岩の割れ目)が途切れた場合、ロープにぶら下がり、壁を横に走って、横のクラックに移る方法
ビレイ   クライマーを確保すること
ハンギングビレイ   ビレイポイントにぶらさがった状態でビレイすること
フォロー   2番目以降に登ってくること ギアを回収しながら登る
エイド アメリカンエイド あぶみ(縄ばしご)など、人工的な道具を使って登るスタイル
スペースホーリング   荷揚げの方法のひとつ 自分の全体重をかけて、荷物を上げる方法 荷物が上がってくるのと同時に、自分は下へ下へと下がっていく


いよいよ、今日から4日間の予定でNOSEの登攀を開始する。 5時、岩場の基部に到着した。 YFメンバー2人に見送られて暗闇に向かってユマーリングを開始。 先日、荷物を上げておいたシックル・レッジに着いたときには、もうあたりは明るくなっていた。 ここから小田さんのリードでスタートする。 7p目まで順調に進んできたが、8p目は随分、時間がかかってしまった。 この8p目には大きな振り子トラバースがあるので、小田さんの姿が見えない。そのせいか余計に時間が気になる。
「どうしたんだろう」
あまりに動かないロープを眺めながら、たまに
「小田さ〜ん」
と叫んでみる。 返事はないが、ロープが微妙に動く。どうやら気絶はしていないようだ。

それにしても直射日光が強い。 ハンギングビレイの為に自由がきかず、日陰に逃れることもできない。 ビレイしているだけで体力を消耗していってしまう。このピッチが終わったらリードの交代だ。 私にとってはこれからが本番。 こんなところでバテるわけにはいかない、と、食べたくもないパワーバーを無理やり口に押し込む。 あまりのまずさに、もどしそうになりながら、涙目になりつつも何とか1本をたいらげた。

小田さんの行方も分からず、不安な時を過ごし、随分と時間が経った。
「どうしたんだろう、大丈夫かなぁ」
何度も何度も思った。 そんな不安が限界に達した時、遠くからかすかに
「ビレイ解除〜ッ」
の小田さんの元気な声が聞こえてきた。 ユマーリングを開始して、振り子のフォローをし、遠くのクラックへ移ってみて、時間がかかった理由が分かった。 かなりの強風がふいていたのだ。 その上、登るクラックは細いフィンガークラックだった。 8p目の終了点に着くと、ちょっと疲れた様子の小田さんが笑顔で迎えてくれた。

ここから有名な「ストーブ・レッグ・クラック」がはじまる。 初登時、広いクラックに合うプロテクションがなく、 ストーブ(=ガソリンバーナー)の足をクラック内に突っ込んで、プロテクションとして進んだことが名前の由来らしい。 3p登って今日の宿泊予定地「ドルト・タワー」に着く。 残り3pというとすぐに感じるが、1pが50mと長い。 すでに15時30分、おそらく到着する頃には真っ暗だろう。 見上げると、きれいに割れたクラックがまっすぐどこまでも続く。 この「ストーブ・レッグ・クラック」は、是非リードしたいセクションだったので、疲れてはいたが、やる気は十分だった。

「お疲れ様」
「よろしく、頑張って」
と、小田さんと声を掛け合って、ギアの受け渡しなどリード交代の準備に入る。
「じゃ、行きます」
とギアを肩にかけた瞬間、ずっしりと重さを感じる。 やる気は十分なのに、ギアの重さが私のやる気と自由を奪っていく。 中途半端に広いクラック、いやな感じに熱せられた岩、あっという間にエイドに切り替えてしまった。
「しょうがない、スピード重視なんだから。 変なこだわりは捨てなければ・・とにかく登頂することが第一目標なんだから」
と自分に言い聞かせ9p目を終了した。

9p目を終了した時点ではまだ暗くなってはいなかったが、時計は18時を指している。 間違いなく10p目を登っている途中で暗くなるだろう。 ヘッドランプをヘルメットに装着してリードを開始した。 9p目とは違って登ることに集中できた。 急ごう、なるべく早くビバーク地に到着したい。 そんな気持ちで、上を目指していった。しかし長い。 上にテラスのようなものが見えてきて、あそこで終わりかな・・そう思って 上がっていくと、更に先に果てしないクラックが続いている。 何度となく裏切られた
「あそこで終わりかな」
の末に 、 乗りあがったテラスにビレイポイントを見つけたときは、本当にうれしかった (まだ、あと1p残っているのだけれど)。

予想通り、すでに辺りは漆黒の闇に包まれている。 下を見ると、吸い込まれそうな暗闇が広がっている。 そんな暗闇に向かってスペースホーリングをするのは、さすがにちょっと躊躇してしまう。 それでも暗闇の中、時折見える小田さんのヘッドライトの明かりが私をホッとさせ、勇気付けてくれた。 私が荷揚げを行っている間、小田さんはユマーリングでギアを回収しながら登ってくる。 私のセットしたギアのひとつが、クラックの中で回転して回収ができない状態になってしまっていた。 この時点で、ギアをひとつ失うのは、この先、不安である。 小田さんが暗闇の中、ヘッドライトの明かりだけで辛抱強く格闘してくれたおかげで、なんとか回収することができた。 小田さんは、いつも本当に辛抱強い。私なら仕方ないと諦めてしまっていただろう。

次のピッチをリードして、程なく広いビバーク地に飛び出した。 すでに、早く終わってほしいとう感情も、疲れたという感覚もなく、 ただひたすら登り続けてきていたが、久しぶりの平らな広いテラスを見て、ほっと安堵感がこみあげてきた。 荷揚げを終えて、2人がこの広いドルトタワーに立ったのは、22時頃だった。 初めての岩場でのビバーク、しかも暗闇の中、何をやるべきか戸惑いながらも、 慌しくギアを整理して一息つく間もなく、食事をはじめた。 缶詰を開けて、2人交代で直接フォークを突っ込んで食べ合う、ハーネスをつけたままの食事。 その後、倒れそうな睡魔に襲われて、早々にシュラフにハーネスとロープを着けたままもぐりこむ。 1日のご褒美の500mlのりんごジュースは、この上なく美味しかったけれど、正直、
「あと3日もこの生活が続くのか・・・きついな」
と感じた。 自由に動き回れるキャンプ場や、シャワーを浴びてからゆっくり楽しく食べる食事など、 情けないことに1日目にして下界の生活が恋しくなってしまった。


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いよいよ出発
  7:30 4p目ビレイポイントから登攀開始 5p目をリードする小田さん 上から4p目ビレイポイントを眺める
別パ-ティーの荷物がまだ残っている

写真の拡大 5p目のビレイポイントは
ナチュラルプロテクションで
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7p目をフォローする
左下の方に後続パーティーが見える

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ストーブ・レッグ・クラック まだ明るいが
じきに暗くなる
ビバークポイント
Dolt Tower


2007年9月10日(月) 12〜16p(15〜16pFIX) ビバーク:El Cap Tower
チムニー   体がすっぽり入ってしまう形状のこと 背中と足を突っ張ってあがっていく プロテクションがとれないことが多い
レッジ   立つことはできるがテラスよりも小さな出っ張りのこと
FIX フィックスロープ あらかじめロープを固定しておくこと


昨日、私たちの後から取り付いたパーティーは、結局ドルトタワーには来なかった。 ビバーク地までたどり着けず、どうやら敗退したようだ。 6時30分から行動開始の予定だったけれど、出発がすっかり遅くなってしまった。 誤算だった。この誤算は、後々の日程に大きく影響する大失態となってしまった。

予定から2時間遅れの8時30分出発。 今日は、大振り子トラバース「キング・スイング」を通過して、20p目まで進む予定でいる。 今日の大核心、キング・スイングを何とか17時前に通過したい。 私のリードからスタートするが、昨日の疲れがまだかなり残っている。 重いギアを装着すると、ますます疲れを感じて、ため息が出てくる。 きつい、きつい、昨日の何倍もきつく感じる。早くリードを交代したい・・・。 早く楽になりたい・・・。とにかく小田さんと交代することだけを夢見て、ただひたすら上を目指した。

15p目、心配だったチムニーだ。 このピッチが終われば交代できる、楽になれる、という思いで、ずりずりと上がっていく。 落ちたくない!落ちたら大変!落ちたらただでは済まない!と、考えるだけで呼吸が荒くなる。 このピッチをリードすることになってしまった運命を呪った。 そして、こんなチムニーでそんな精神状態になってしまっている自分に失望した。 なんとかチムニーを終えて「テキサス・フレーク」の上に飛び出した。
「やっと、リード交代だ!」
正直、それがテキサス・フレーク上に立った時に沸いてきた感情だった。 その後、荷揚げ用のロープをうまくチムニーから外に出すことができずに、 狭いチムニーに荷物が挟まってしまって大変だった。 テキサス・フレークの上でリードの交代の準備をしていると、小田さんが辛そうな顔をしている。 どうやら足に幾つもまめができてしまっている様だ。クライミングシューズを履いているのも辛そうだ。 本当なら、パートナーがつらい時は助け合わなければいけない。 ・・・でも、とてもこの先をリードし続ける自信がなくて、
「交代するよ、私がリードを続ける」
その一言が、どうしても言えなかった。

すでに15時30分、あと1ピッチでキング・スイングだ。 17時までの通過は厳しいかもしれない。 「ゴロゴロ」と雷が鳴り始めた。見上げると青空ではあるが、後方に黒い嫌な雲が発生していた。 私と小田さんは、顔を見合わせた。 小田さんは、
「風向きがよくない、こっちに雨雲がくるんじゃないか」
という。 昨日からずっと私たちを下で見守ってくれているYFメンバーにトランシーバーで交信、 天気予報を確認すると、ずっと「CLEAR」のままだという。 私も心配ではあったが、頭上はまだ青空だ。 この感じは、調整中にNOSEの下部を登った時の雲と似ている。 その時も結局、雨は降らなかった。 そして、まだ15時。ここで行動を中止する訳にはいかない。
「行けるところまで行こうよ、まずくなったら、即、降りてくればいい」
と、小田さんを送り出した。 大きな雷が鳴るたびに、小田さんが不安そうに振り返る。 私も空を見上げる。
「大丈夫、まだエルキャプタンの上は青空だ」
そんな気持ちを込めて、小田さんに無言でうなづく。 何度となくそんなことを繰り返すうちに、小田さんは16p目を終えて「ブーツ・フレーク」の上にたどり着いた。 私がユマーリングでブーツ・フレークの上の小田さんと合流する頃には、雷は止んでいた。

次はいよいよ「キング・スイング」だ。 時間は17:00になろうとしている。 行動を中止するにはまだ明るい。でも、2〜3時間後には暗くなるだろう。 この先のビバーク地までは残り4p。 しかし、この大きな振り子トラバースを超えてしまうと、物理的にもう後戻りはできない。 大きく左のクラックに移るため、もうこの場所に戻ることはできない。 しかも、移るはずのクラックは、左に大きく廻りこんだところにあるため、先の様子は全く見えない。 予定のビバーク地目指して進むべきか、ここでビバークするべきか。 ここ「ブーツ・フレーク」は、1人がビバークできるとの認識だったが・・・。テラスの幅は私の体よりも細い。 横2mx縦50cm、テラスというよりは小さなレッジである。 ビバークするなら、座って寝るしかないだろう。 辛いな・・・。 どうしようか・・・。判断しなければ。この先のキング・スイングでは、 多くのクライマーが時間がかかってしまったという話をよく聞く。 私たちも、例外ではないだろう。 ここから上のピッチは、簡単だけれどトラバースやクライムダウンもある。 おそらく、プロテクションはほとんどとれない。 暗闇の中の登攀は、昨日のようにはいかないだろうな。 あと2時間早ければ・・・。朝の出発の遅れが悔やまれる。 ここでビバークするということは、間違いなく予定が1日延びることを意味している。 進みたい・・・、でも進むべきではないだろう。小田さんもどうしようか迷っているようだ。
「今日は、ここまでにしよう」
そう言うと、小田さんも納得した。しかし、ここで寝るのは避けたい。 ロープをFIXして、2p下降したところのビバーク地「エルキャップ・タワー」に戻ることに決めた。

下降を決めて改めて下を見ると、昨日、私たちが登ってきたラインが見える。 すでに、高すぎて高度感がない。 ビバーク地に到着すると、下から上がってきた2パーティーが到着していて、狭いビバーク地はごったがえした。 そんな中、場所を確保し、食事をはじめる。 予定していた行程をこなすことができなかった敗北感が私を襲う。 でも、そのことが逆にモチベーションにつながってきた。
「明日は、今日の遅れを取り戻そう。がんばろう」
そんな気持ちになった。 今日は、昨日ほどビバークも辛く感じない。すでに岩壁での生活になじんできたようだ。
「星空が近いなぁ」
昨日は感じることのできなかった周りの景色を感じる余裕もでてきた。 明日は5:30から行動を開始しよう。そう小田さんと確認し合って眠りについた。


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随分高く上がってきた
出だしのスクイーズ・チムニー
ギアが邪魔して体が入らない
つらい、つらい
昨日の何倍も辛い
 

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荷揚げは順調 問題のチムニー チムニーをユマーリングする小田さん フォローも大変そうだ

  雷が・・・振り返ると嫌な雲が近づいている 写真の拡大
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雷を心配しながら16p目をリードする


2007年9月11日(火) 15〜21p(15〜16pユマーリング/21pFIX) ビバーク:Camp4
グレート・ルーフ NOSEを象徴する岩の形状のひとつ 地上からも、顕著なルーフ部分が肉眼で確認できる


予定通り、5時30分から行動を開始した。 ロープをFIXしていることもあり、6時には一番のりでロープをFIXしているブーツ・フレークの上にたどり着いた。 今日は小田さんのリードではじまる。・・が、かなり足のマメが辛そうだ。大丈夫だろうか? あまりにも辛そうなので私のクライミングシューズを貸すことにした。 私は今回の使用するシューズに、靴下を履いてもまだ指先が余るくらいのサイズを選んで持ってきた。 履き心地はまさにスニーカーである。 自分のシューズよりは大分、楽そうだ。このシューズで何とか頑張ってもらうしかない。

30m程下降してから、振り子の原理で思いっきり壁を横に走って、ここからは見えないクラックをつかみにいく。 助走して横に走る、失敗したら横に走って戻ってくる。 まさに、振り子である。想像以上に距離があるようで、なかなかクラックまで届かない。 上部から見ていると、助走が足りないように思うが、うまく助走もとれないようである。 位置が悪いのか?もちろん、目印がないので、合っているのかどうかもわからない。 何度も何度も繰り返す。そうこうしているうちに、昨日ビバーク地で一緒だったパーティーが登ってきた。 すると彼らは、
「先に行かせてくれないか。 その代わりロープをFIXするから」
と、申し出てきた。 そこで私たちは気さくでクレバーなマークとブレイスにロープを託して、振り子トラバースを見守ることにした。 リードのマークもなかなかクラックに届かず、思案している。 何回目かの振り子で見事クラックがとれた時には、思わずみんなで歓声をあげてしまった。

さて、やっと行動開始である。 小田さんの足は、さっきの振り子で完全に悲鳴を上げている。 相当、辛いようだ。
「今日は私が全部リードするよ」
昨日、言えなかった言葉が口から出てきた。 昨日の遅れが私のモチベーションをあげた。 加えて、さすがに3日目にもなると起こりうるトラブルも想像できるようになり、精神的にも楽になっている。

結局、キング・スウィングを通過したのは11時を廻っていた。 見えなかった向こう側のクラックに移ると、これから先の行程が目に入ってきた。 遠く上の方に「グレート・ルーフ」が見える。 あそこを越えて、今日中に目的のビバーク地までたどり着けるだろうか。 キング・スイングを超えた今、いよいよ後戻りはできない。 そして、とうとうここまで来た、特別な場所に来た、そんな感覚をはじめて感じた。 今日は登っていることが楽しい・・久しぶりにそう感じる。 登りにも、作業にも集中することができた。 ギアをセレクトして、使用しないギアは小田さんに託し、ギアの軽量化を図る。 そんな余裕も出てきた。

16時頃、グレート・ルーフの真下に位置するビバーク地に到着した。 見上げるとグレート・ルーフにはまだマークとブレイスが取り付いている。 私たちが今日中に通過するのは無理そうだ。 ビバーク地から上1p分をFIXして今日の作業をおえる。 今日はチェコから来た2人組みパーティーと一緒に泊まることになった。

食事をしていると、明日は何時に出発するのか、とさぐりを入れてきた。
「5時30分には行動を開始する」
と答えると、
「自分たちは明日中に頂上まで行きたいので2時か3時に行動を開始する。FIXロープを使わせてくれないか」
と言う。 2時か3時か・・随分、早いな、そんなに早ければ順番待ちもないだろう。OKと返事した。

今日のビバーク地は2人で寝ても不快なほど狭い。 そこへ4人で寝ることになってしまって、不快なことこの上ない。 チェコ人のパーティーの一人は座ったまま寝ている。 私たちは凸凹の岩肌に、何とか体がフィットする位置を探して横になるものの、全く身動きができない。 食事中、猛烈な睡魔に襲われて早々に横になったが、1時間眠れたのかどうか。
「彼らが2時になったら動き出すから、そうしたら広くなる」
そう思ってシュラフから星空を見上げていたけれど、2時になっても3時になっても一向に動く気配がない。 結局4時頃、私たちが起き上がる少し前に彼らも起きはじめた。


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キングスイング キングスイングのビレイポイントにて こんな真横にロープがでてしまう 気さくでクレバーなブレイス

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今日は登ることが楽しい 青空が気持ちいい 21p目のルートを確認する
今日の行動はここまで。


2007年9月12日(水) 21〜26p(21pユマーリング) ビバーク:Camp6
C1/C2 ハンマーを使わないアメリカンエイドクライミングのグレード
ナッツ クラックに使うプロテクションギアのひとつ


結局、2時か3時に出発すると言っていた彼らは5時頃行動を開始した。 彼らがグレート・ルーフのフォローを開始するまでは、私たちは行動できない。 それでも寝ている気にもなれず、準備を整えて順番を待った。 下から見るグレート・ルーフは想像していたより小さい。 ここのグレードは5.13+/C2、NOSEのハイライトのピッチのひとつだ。

7時30分頃ようやくリードを開始する。 今日も登ることが楽しい。C2というグレードも緊張感があって、逆に集中できていい。 ルーフ部分をトラバースしていると、足下がすっぱりと切れて、3日前に登り始めたシックル・レッジあたりが見える。 3日前のことが随分、昔に感じる。 ずっと前から岩を登り続けてきて、この先もずっと限りなく登り続けていく・・ そんな錯覚に陥っている。 ルーフをトラバースしてビレイポイントに着くと、かなり風が強く寒い。 防寒着を着て荷揚げを開始する。すでに4日が経って、食料と水分も大分消費した。 荷物は日を追う毎に軽くなり、今はもう腰で簡単にあげることができるようになっている。 フォローしている小田さんはちょっと大変そうだ。 傾斜が強く空中ユマーリングになる、さらにはナッツが食い込んで、なかなか外れない様だ。 そういえばグレート・ルーフはフォローが大変、そんなことを聞いた気がする。

順調にピッチをこなして、NOSEのもう一つのハイライト「チェンジング・コーナー」が頭上に見えてきた。 ここから先はきれいな岩壁に囲まれている。 岩の色も今までとは違い、肌色っぽく見える。本当に美しい。グレート・ルーフを境に岩の様相も変わってきた感じだ。

25p目、ここで小田さんとリードを交代する。 足は大丈夫だろうか?
「そうそう休んでいられないからね」
そう言って私のシューズを履いた。まだ痛いだろうに・・さすが小田さん。

交代早々、なかなか大変なピッチだったようだ。
「C1って、こんな大変だったけ?」
と言いながら登っていく。 クラックが細く、なかなかプロテクションが決まる場所がないようだ。 後日ここでフォールして、骨折して救助されていた人がいた。 落ちなくてよかった・・・。 私がユマーリングを開始しようとロープに体重をかけると、ナッツが2、3個、音を立てて外れた。

小田さんのリード中、頭上の27p目「チェンジング・コーナー」に昨日一緒だったチェコ人が取り付いているのが見えた。 今日中に頂上に上がると言っていたけれど、間に合うのだろうか? そんな風に思っていると、上から何かが落ちてきて私の前を通過していった。何だろう?

次の26p目を登って、今日のビバーク地に到着する。 早ければ27p目にFIXロープを張りたいと思っていたけれど、どうやらそこまでの時間はなさそうだ。

このピッチは長い。 小田さんの姿が見えなくなってからは、とても快適なビレイポイントに腰かけて、まわりの景色を堪能した。 レッジに腰をおろし足を投げ出していると、自分がぽっかり浮いているようだ。 周りに人の気配はなく静まり返っている。暮れていく景色を飽きることなく眺めていた。

今日のビバーク地に着くとチェコ人パーティーがまだそこにいた。 聞くと、ナッツの束を落としてしまって、進むことができなくなってしまったらしい。 さっき、私の目の前を通過していったアレだ。 翌日、彼らのロープを私たちがFIXすることになった。 そして、彼らが今日のビバーク地に留まっていたおかげで、私たちは一つ下のレッジでビバークすることになってしまった。

今日は岩壁で過ごす最後の夜だ。 すでに夕食用の缶詰も、ご褒美のジュースもない。 それでも、日中ほとんど食べることのなかった行動食が残っている。 それらを食べていると、いつものように気絶しそうな睡魔に襲われて、早々にシュラフにもぐりこんだ。 ・・しかし、一人で寝れば快適とトポには書いてあったが・・・幅が狭い。 ちょうど自分たちの体の幅分しかなく、寝返りを打つこともできない。 日に日にビバーク地が小さくなってくる。 最初に2時間ほど寝てからは、ほとんど眠れなかった。 シュラフの中からさらに近くなった星空を眺めながらウトウトしているうちに朝を迎えた。


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ルーフ部分はC2
思ったほど難しくない
22p目グレート・ルーフをリードする フォローは大変そうだ

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風が強く、寒い 23p目「パンケーキ・フレーク」きれいなクラックが続く しばらくフリーで頑張ったけれど・・

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このピッチが終われば、リードの交代 ちょっと残念 食料、水分も大分消費して、ホールバックも小さくなってきた すっかり痩せてしまった小田さん

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真下に登ってきたラインがよく見える
  25p目 上の方にチェンジングコーナーが見える このピッチを上がればビバーク地に到着する

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ビレイポイント
  本当にきれいな岩だ NOSEの上部は、想像以上の岩ばかりだ 今日のビバーク地 狭い!


2007年9月13日(木) 27〜31p頂上 → 下降


4時、私達が起きだした頃、チェコ人パーティーが上から降りてきた。 もう出発するので先にナッツを貸してくれないかと言ってきた。 ナッツの束を渡して準備を整え、彼らがリードを終了する頃を見計らって上のビバーク地へ上がる。 さすがにNOSE最難のピッチ。かなり苦労しているようである。 結局、行動を開始したのは8時頃になってしまった。ここから先は風が強く、かなり寒い。 ビレイをしていると、防寒着を着込んでもじっとしていられない寒さである。

28p目、ここで小田さんとリードの交代をする。 このチャレンジ最後のリードの順番が廻ってきた。 上を見上げると、今まで果てしなく続いていた岩壁が途切れている。 頂上が近いことを感じるが、特に何の感慨もない。 目の前のクラックを今日も黙々と登っていくだけ・・そんな感じだ。

31p目、最終ピッチ。前傾のボルトラダーからはじまる。 あぶみを淡々と架け替えていき、大きく右にトラバースして、 上にあがると最後のビレイポイントが目に入った。
「あそこか・・」
ビレイポイントに向かって進むにつれて 今までの景色とは違う、エルキャプタンの頂上が目に入ってきた。 特に
「終わった!」
という気持ちも、頂上に近づいて、はやる気持ちも湧いてこなかった。 こんなものか・・そんな風に感じている自分がいた。ただ、ただ、やるべきことをこなしていく。 けれど、そんな淡々とした気持ちとは裏腹に、ビレイポイントへ近づくにつれて涙がこぼれてきた。 涙を流している自分に驚いた。涙は止まらずにいつまでも量を増して流れてくるのだった。

ビレイポイントについて最後の「ビレイ解除」のコールをし、荷揚げを開始した。 まだ涙は流れている。
「とうとう登ったんだなぁ、諦めないでよかった。 心に思っていれば必ず叶うんだ」
そんな思いが、やっと私の中に生まれてきた。 その時の感覚は「達成感」という言葉だけでは言い表せない、いままで味わったことのない感覚だった。

今やスルスルと上がってくる、軽くなった私たちのホールバックは、 1年半の間ずっと抱えていたプレッシャーや不安、緊張から解き放たれて、 とうとう頂上に到着した私たちの心そのものに感じた。 程なくユマーリングで上がってきた小田さんと頂上で抱き合った。 小田さんというパートナーがいて本当によかった。
「小田さんとだから、トラブルなく登れたよ」
心からそう思った。 ありがとう、小田さん。ありがとう、みんな。ありがとう、エルキャプタン。


写真の拡大 27P目チェンジングコーナー
待っている間に朝食 写真の拡大
 

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チェンジングコーナーをユマーリングする
空中ユマーリングなので、きつい

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27p目ビレイポイントから下を眺める 28p目ももうすぐ終了

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最終ピッチがみえてきた
頂上が近い
いよいよ最終ピッチ

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最後の荷揚げ 最後のユマーリングをしてきた小田さんの姿がみえてきた!

写真の拡大 頂上にて 写真の拡大

私がはじめてヨセミテを訪れた時、
「いつかエルキャプタンを登ってみたい」
でも、その頃はどうすれば登れるのかも知らず、本当に登れる時がくるのだろうかと半信半疑の憧れのようなものでした。 それから7年、とうとう頂上に立つことができ、 未知なことへのチャレンジの素晴らしさを再認識すると共に、
心に思っていれば必ず叶うんだ・・・
改めて、そんな恥ずかしいようなフレーズを実感しました。
「女性同士で登ろうよ」
と、小田さんと二人で
「あ〜でもない、こ〜でもない」
と模索しながら、 トレーニングを続けてきましたが、 正直、トレーニングの時間を作ることさえ厳しく、辛くて
「いっそ、止めてしまった方がいいかな」
と弱気になったこともありました。 そんな中、YFメンバーはじめ、皆さんの応援があったからこそ今回の成功につながったと思っています。 この場を借りてNOSEトライを精神的、技術的にサポートしてくれたYFスタッフや、 さまざまなアドバイスと協力をしていただいた杉野保さん、 そして、私たちのトライを喜び、楽しみにし、応援をしてくれたYFメンバー、 そのほか、アドバイスをしていただいた方々に心からお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。
そして、このチャレンジが皆さんのチャレンジ精神に火をつけ、次なるチャレンジにつながるように祈っています。

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